【事例解説】企業版ふるさと納税を地域課題解決に繋げる方法:仕組みから成功要因まで
はじめに
地域づくりの推進において、財源の確保は多くの自治体にとって共通の課題です。限られた予算の中で、住民サービスの維持向上に加え、新たな地域課題への対応や魅力向上に向けた先行投資を行うことは容易ではありません。このような状況下で、新たな資金調達手段として近年注目されているのが「企業版ふるさと納税」(地方創生応援税制)です。
企業版ふるさと納税は、企業が認定された地方公共団体の地方創生プロジェクトに対して寄附を行った場合に、税制上の優遇措置が受けられる仕組みです。これにより、自治体は企業の資金を活用して事業を推進できる一方、企業は社会貢献活動(CSR/CSV)を通じて地域との連携を深め、企業イメージの向上や新たな事業機会の創出に繋げることが期待できます。
しかしながら、「どうすれば企業版ふるさと納税を活用できるのか」「どのようなプロジェクトが対象となるのか」「企業への具体的なアプローチ方法は」「実際にどれくらいの資金が集まるのか」といった疑問や不安を抱える自治体職員の方々も少なくないでしょう。本記事では、企業版ふるさと納税を活用して地域課題解決に成功した架空の事例を通して、その仕組み、具体的なプロセス、成果と課題、成功要因、そして他の地域での応用可能性について詳細に解説します。
事例概要:廃校活用による地域交流・サテライトオフィス拠点整備事業
事業の背景となった地域の課題
対象となるのは、人口減少と高齢化が進み、地域経済の低迷が課題となっているある町です。特に、少子化により閉校となった町立小学校の校舎が長期にわたり活用されず、地域の景観悪化や安全性の懸念に加え、「思い出の場所」が失われたことへの寂しさなど、住民の間に閉塞感が漂っていました。この遊休資産を再生し、地域活性化の拠点とすることが喫緊の課題となっていました。
事業の目的と概要
この町では、閉校となった小学校を活用し、以下のような機能を持つ複合施設を整備するプロジェクトを計画しました。
- 地域交流スペース: 町民が自由に集まり、イベントやワークショップを開催できる多目的スペース。
- サテライトオフィス/コワーキングスペース: 町外の企業や個人事業主が利用できるワークスペース。高速インターネット環境や会議室などを整備。
- 地域産品販売・展示コーナー: 町の特産品や工芸品を展示・販売し、地域産業の振興を図る。
- 簡易宿泊機能: サテライトオフィス利用者や移住検討者などが短期滞在できる施設。
このプロジェクトの目的は、遊休資産の有効活用に加え、新たな交流人口・関係人口を創出し、地域経済の活性化、移住・定住の促進、そして住民の誇りを取り戻すことにありました。事業費の大部分を企業版ふるさと納税によって調達することを目標としました。
詳細解説:事業実施のプロセス
1. 基本構想・計画策定(約6ヶ月)
プロジェクトの第一歩として、町の地方創生戦略に基づき、廃校活用の基本構想と具体的な事業計画を策定しました。住民説明会やワークショップを実施し、施設の機能や運営方法について住民の意見を聴取・反映させました。また、サテライトオフィスとしての潜在的需要を調査するため、町外の企業やワーカーへのヒアリングも行いました。この段階で、企業版ふるさと納税の対象となり得る「地域再生計画」への事業位置づけを検討しました。専門的な知見が必要であったため、地方創生関連のコンサルティング会社に計画策定支援を依頼しました。
2. 地域再生計画の申請・認定(約3ヶ月)
策定した事業計画が企業版ふるさと納税の対象となるよう、国の「地域再生計画」に位置づけ、内閣府に申請を行いました。この際、事業の公益性、実現可能性、地域への波及効果などを具体的に記述することが求められます。内閣府との事前相談なども行い、計画内容を調整しました。無事、計画が認定され、本事業が企業版ふるさと納税の寄附対象となりました。
3. 寄附ターゲット企業の選定とアプローチ(約1年)
本事業の成否を分ける鍵となったのが、寄附をいただける企業の選定とアプローチです。単に寄附額を求めるだけでなく、本町の地方創生や廃校活用プロジェクトの趣旨に共感し、継続的な関係構築が見込める企業をターゲットとしました。
- ターゲット選定:
- サテライトオフィス利用に関心を持ちそうなIT・クリエイティブ系企業。
- CSR活動に積極的な企業。
- 本町にゆかりのある企業(創業者の出身地など)。
- 地方創生への投資実績がある企業。
- 施設の機能(地域交流、産品販売など)と親和性の高い事業を展開する企業。
- アプローチ方法:
- プロジェクト説明会(オンライン含む)の開催。
- 個別訪問によるトップへのプレゼンテーション。
- 町長のメッセージの発信。
- プロジェクトウェブサイトやパンフレットの作成。
- 既存の企業ネットワーク(商工会、取引先など)を活用した紹介依頼。
寄附のお願いだけでなく、「寄附によって企業が得られる価値」(例:社会貢献による企業イメージ向上、地域課題解決への貢献、新たな事業機会の創出、従業員のワーケーション利用など)を具体的に伝えることに注力しました。
4. 設計・改修工事の実施(約1年)
寄附金の目処が立ち始めた段階で、施設の詳細設計を行い、改修工事に着手しました。建築設計事務所や施工業者選定にあたっては、廃校活用や地域材利用の実績がある業者を優先しました。工事期間中も、進捗状況を寄附企業や地域住民に定期的に報告し、事業の透明性を高めました。
5. 運営体制構築とオープン(約3ヶ月)
施設オープンに向けて、運営体制を構築しました。施設の指定管理者については、サテライトオフィス運営や地域イベント企画のノウハウを持つ民間事業者を公募・選定しました。町職員は、指定管理者との連携、企業版ふるさと納税の継続的な募集・管理、地域住民との調整などを担当します。オープンに際しては、プレスリリースやメディア露出、町内外向けのイベント開催などで広く周知を図りました。
6. 関係者とその役割
- 町役場(企画課、財政課、建設課など): 事業計画策定、国への申請、寄附募集・管理、企業対応、工事発注、指定管理者選定・連携、住民調整。
- コンサルティング会社: 計画策定支援、企業版ふるさと納税制度に関するアドバイス。
- 寄附企業: プロジェクトへの資金提供、企業のノウハウ提供(任意)、施設利用(任意)。
- 設計事務所・施工業者: 施設の設計・改修工事。
- 指定管理者: 施設の日常的な運営、利用者誘致、イベント企画実施、地域住民との連携。
- 地域住民: 計画段階での意見提供、施設の利用、イベント参加、地域資源を活用した連携。
7. コストとリソース
- 事業費総額: 約2.5億円(施設改修費、備品購入費、設計監理費、運営準備費など)
- 企業版ふるさと納税による調達目標額: 約2億円
- 実際に調達できた寄附額: 約1.8億円
- 町の自己負担: 約7,000万円(事業費の他、計画策定支援委託料、広報費、人件費などを含む)
- 関連補助金: 国土交通省の地域づくり関連補助金など、約3,000万円を活用。
- 人員体制: 企画課内に専任チーム(3名)を設置し、関係部署と連携。
成果と課題
成果
- 遊休資産の有効活用: 長年放置されていた廃校が、地域活性化の拠点として再生されました。
- 交流人口・関係人口の増加: サテライトオフィス利用や施設利用による町外からの来訪者が増加しました。年間約1,000名の新規関係人口が生まれました。
- 地域経済への波及効果: 施設利用者による町内飲食店や宿泊施設、商店の利用が増加しました。地域産品販売コーナーの売上も伸びています。直接的経済効果として年間約5,000万円の増加が見込まれています。
- 新たな雇用の創出: 施設の運営委託先による雇用、地域産品販売に関わる雇用など、約10名の新たな雇用が生まれました。
- 住民の誇り・愛着の向上: かつての母校が美しい施設として生まれ変わったことで、住民の間に明るい話題が増え、地域への愛着が深まりました。施設が交流の場となり、地域コミュニティの活性化にも繋がっています。
- 財政効果: 企業版ふるさと納税による税収の上積みだけでなく、施設の利用料収入、固定資産税収入なども町の財政に貢献しています。
課題
- 寄附獲得の難しさ: 計画当初目標としていた額にはわずかに届きませんでした。多くの企業へのアプローチが必要であり、寄附に繋がるかどうかは企業側の状況や関心に左右される側面があります。
- 企業との継続的な関係構築: 寄附をいただいて終わりではなく、その後の企業との関係をいかに維持・発展させていくかが重要です。プロジェクトの進捗報告、感謝の気持ちの伝達、企業従業員向けの施設利用促進など、継続的なコミュニケーションが必要です。
- 施設の継続的な運営: サテライトオフィスの利用者確保や、地域住民の継続的な施設利用を促すための企画・イベント実施など、指定管理者との連携による運営努力が常に求められます。周辺地域の競合施設の状況なども考慮する必要があります。
- 庁内連携の難しさ: 企業版ふるさと納税は、企画部署だけでなく財政部署、建設部署、観光部署、地域振興部署など複数の部署が関わるため、庁内での円滑な情報共有と連携体制の構築に苦労しました。縦割り行政の壁を越える努力が必要です。
- 住民合意形成の難しさ: 事業計画の初期段階から住民説明会を重ねましたが、特に運営方法や利用ルールについて、様々な意見を調整するのに時間を要しました。全ての住民の要望を反映することは難しく、丁寧な説明と理解を求める努力が継続して必要です。
成功要因分析
この事例における企業版ふるさと納税を活用した地域課題解決の成功には、いくつかの重要な要因が考えられます。
- 明確で魅力的な事業計画: 地域の課題(遊休資産、人口減少)と、解決策(交流・サテライトオフィス拠点化)が明確であり、企業が寄附を通じて社会貢献したいと考えるような、共感性の高いストーリーを持つプロジェクトであったことが大きいでしょう。具体的な整備内容、期待される効果が示されていたことも、企業の意思決定を後押ししました。
- ターゲット企業の選定と効果的なアプローチ: 闇雲にアプローチするのではなく、自社の地方創生やCSR戦略と合致する可能性のある企業を丁寧にリストアップし、企業の関心を引くような方法でプロジェクトの魅力を伝えられたことが重要です。寄附を「お願い」するのではなく、共に地域を創る「パートナー」として提案する姿勢が功を奏しました。
- 庁内連携体制の構築: 企業版ふるさと納税に関する情報を一元的に管理し、企画、財政、建設、関係部署が密に連携する体制を構築したことが、手続きの円滑化や企業からの問い合わせへの迅速な対応に繋がりました。町長をはじめとする首長の理解とリーダーシップも不可欠です。
- 外部専門家の活用: 企業版ふるさと納税制度は複雑であり、地域再生計画の策定や企業への効果的なアプローチには専門的なノウハウが必要です。コンサルティング会社などの外部専門家を活用したことが、計画の質を高め、効率的な手続きを可能にしました。
- 地域住民との丁寧なコミュニケーション: 事業の計画段階から地域住民に対して説明会やワークショップを実施し、意見を聴取し、可能な限り計画に反映させたことが、事業への理解と協力を得る上で非常に重要でした。施設が「自分たちの場所」であるという意識を醸成できたことが、オープン後の施設の利活用にも繋がっています。
応用可能性/ヒント
本事例で示した企業版ふるさと納税の活用手法は、他の多くの地域や異なる種類の地域課題にも応用可能です。
- 他の遊休資産活用: 廃校に限らず、使われていない公共施設、古民家、工場跡地などを、例えば高齢者向け施設、子育て支援施設、文化芸術拠点、ベンチャー企業向けオフィス、観光交流施設などに改修・再生するプロジェクトに活用できます。
- 様々な分野の地域課題解決:
- 環境保全: 森林整備、再生可能エネルギー導入、海岸清掃などのプロジェクト。
- 福祉・医療: 地域医療体制の充実、高齢者の見守りネットワーク構築、障がい者支援などのプロジェクト。
- 教育・文化: 地域独自の教育プログラム開発、歴史的建造物の保存・活用、文化イベント開催などのプロジェクト。
- 産業振興: 創業支援、地域ブランド育成、観光プロモーション、農業振興などのプロジェクト。
- 事業計画策定の重要性: 企業版ふるさと納税の対象となる事業は、国の定める「地域再生計画」に位置づけられる必要があります。自地域の地方創生戦略を踏まえ、どのような事業を計画に盛り込むか、その事業が企業にとってどのような魅力を持つかを戦略的に検討することが不可欠です。内閣府のウェブサイトや企業版ふるさと納税の支援を行う専門機関が提供する情報を参考に、制度への理解を深めることが重要です。
- 自治体規模に応じたアプローチ: 大規模なプロジェクトだけでなく、数千万円規模の事業でも企業版ふるさと納税は活用可能です。地域の規模や財政状況、解決したい課題の性質に応じて、事業の規模や内容を検討し、ターゲットとする企業の規模や業種を絞り込むことが効果的です。
- 他の制度との組み合わせ: 企業版ふるさと納税による寄附金は、他の国や都道府県の補助金、交付金、町の一般財源などと組み合わせて活用できます。事業費総額のうち、どの部分を企業版ふるさと納税で賄うのか、他の財源とどう組み合わせるのかを計画段階で明確にしておくことが、事業の実現可能性を高めます。
- 継続的な関係構築の視点: 企業からの寄附は一度きりではなく、継続的な支援に繋がる可能性があります。寄附後も、企業との定期的なコミュニケーションを図り、プロジェクトの進捗や成果を報告し、企業ニーズを踏まえた新たな連携の可能性を探るなど、長期的な視点での関係構築が重要です。
まとめ
企業版ふるさと納税は、地域が抱える様々な課題を解決するための有効な資金調達手段となり得ます。しかし、単に制度があるからといって寄附が集まるわけではありません。本記事で事例を通してご紹介したように、地域の課題解決に向けた明確で魅力的な事業計画を策定し、その事業に共感・賛同していただける企業を丁寧に選定し、効果的な方法でプロジェクトの意義や企業側のメリットを伝える努力が必要です。
また、制度の仕組みを理解し、国の認定を得るための手続きを正確に進めること、事業を円滑に推進するための庁内連携体制を構築すること、そして何よりも地域住民の理解と協力を得ながら事業を進めることが、成功への鍵となります。
企業版ふるさと納税の活用を検討されている自治体職員の皆様にとって、本事例が、自地域の状況を踏まえた具体的な計画策定や、企業へのアプローチ方法を検討する上で、実践的なヒントとなれば幸いです。一歩ずつ着実に、地域づくりの取り組みを進めていきましょう。